マハサラカムのケーン楽団宿舎に戻ったら、坊さん達が来ていて儀式が始まった。
坊さんの説法が長時間続くが自分はほとんど理解できず。そのうち坊さんのお経の合間合間に、皆のお経の合唱が合いの手のように入る。お経はタイ人なら子供の頃から覚えさせられていて、「坊さんがこう唱えたら皆はこう唱える」という決まりを皆知っている。
外国人の自分は全く知らないので合わせようが無いが、一応口パクしておいた。
坊さん達が食事を取って帰ったら、今度はヒンドゥー教の神主(プラーム)がやって来て儀式を始める。タイの儀式では仏教とヒンドゥー教の両方の儀式が行われることが多い。こちらはイサーン地方ではおなじみのバーシースークワンと呼ばれる儀式。仏教儀式と違って合間に皆が入れる掛け声はイサーン語で、皆なんだか楽しそうに声を張り上げている。
プラームが唱える言葉の大半は普通のタイ中央語なのでかなり理解しやすい。ちょっと驚いたのは唱える言葉の抑揚が、まるでモーラムの語りのよう、というよりモーラムそのもののようだ。このことについて周りの人に聞いてみたところ、モーラムには説法から取り入れた内容が多くあるので、語りの抑揚はむしろこの説法の方が根源なのかもしれないと言っていた。
この儀式でしばしば披露されるのがバイシースークワンの歌と踊り。自分もケーンで参加させてもらう。
A先生が写真撮ってやるよと言うのでカメラを渡したら、確かに自分を撮ってくれたけど、なぜか楽団新入生の女の子の写真がいっぱい映っていた。まぁ、それも良いか。ちなみに踊っている3人の女性の真中はおかまさん。
全ての儀式が終わったら庭で宴会。昔楽団員であった先輩達が披露するモーラム・クローンを鑑賞。歌っている女性はすごく良い声で、てっきり職業モーラムかと思ったけど違うそうだ。考えてみるとこんなに近くでじっくりとモーラム・クローンが見れたのは初めてだと思う。そもそも普段見る機会はほとんど無いのだけど。
夜中1時ごろ眠くなったのでお先に就寝。
翌朝18日はピティ・ワイクルーの儀式。普段使う楽器を並べて過去の師匠達と精霊を祀る。
これで今回のケーン楽団での一通りの行事が終了。楽団では年一回、過去の団員から新入生まで集まってこのような儀式と宴会を行うのが習慣なのだそうだ。
帰り道、我々はロイエトでブアさんに修理してもらったケーンを受け取りバンコクへ向かった。
今回は普段あまり見る機会のない儀式が見れたし、ピンの産地を見るのも初めてだったので、なかなか良い旅行だっかと思う。
2007-02-19
2007-02-18
ロイエト、ピン産地へ
マハサラカム到着後の翌朝17日、ケーン修理依頼とA先生のピンの買い付けの為、ロイエト県へ向かう。
まずは去年一度お会いしたケーン職人のブアさん宅を訪問。ブアさんはのんびりとマッサージを受けている最中だった。相変わらず元気そう。あちこち壊れているケーン5本を預けて修理と調整を依頼、翌日受け取りにくる予定。自分のは壊れてないけどついでに調整を依頼。
そして同じくロイエト内のピンの産地であるノーンポーク群へ向かう。同じ県内とはいえ西の端から東の端へと120kmぐらいあってかなり遠い。
ノンポーク群に入って最初に訪問したピン職人の家。ここで作っているピンはちょっと普通より大きめで変わった形をしている。A先生はここでは買い付けはしなかったようだ。
同じ郡内の次の職人宅へ。
すごい雑然とした工場だけど、ピンだけでなくポンランやウォートも作っているようだ。
右は工場で見つけたすごく昔のピン。どのくらい古いかは不明。
ここで作るピンは一般的な形で生産量もある程度確保できる、ということでストックしてある4本を購入。またストックが増えたら送ってもらうことにする。ただ、バンコクへ送ると輸送料がかなりかかるらしい。
写真のボロボロの古いケーンはN先生が工場で見つけたもので、最初に会ったケーン職人ブアさんの師匠が生前作ったものだそうだ。ブアさんの師匠は高齢になってから国から功績を認められて名誉学位をもらった有名な職人。いわゆるマイスターみたいなものか。N先生はお願いしてこれを貰ってきてしまった。ブアさんに修理してもらうんだと言ってうきうきしていた。
買い付けを終えたらまた120km戻ってマハサラカムへ。遠い。
マハサラカムに戻った我々はなぜかお寺に。タンブンに来たのではなく、知り合いの坊さんに会いにきたそうだ。その坊さんは不在だったけど、もともと楽器作りが趣味で、出家しても楽器を捨てられず、今は寺の中で楽器を作っている。
とりあえず工場を見学。袈裟と製作中の楽器が無造作に置いてあって、妙な風景だった。本来はもちろん坊さんは俗世を捨てて宗教に打ち込まねばならず、音楽に傾倒するようなことは正しいことでは無いとされる。
おまけ。写真は見にくいけど、弓を振り回すとブーブーとうなり音を出す道具。速度に強弱を付けるとリズムになる、これも一応楽器なのだそうだ。ブアさん宅に有ったもの。
名前は失念。弦を引く弓のタヌーと同じ呼び名だったかも?
まずは去年一度お会いしたケーン職人のブアさん宅を訪問。ブアさんはのんびりとマッサージを受けている最中だった。相変わらず元気そう。あちこち壊れているケーン5本を預けて修理と調整を依頼、翌日受け取りにくる予定。自分のは壊れてないけどついでに調整を依頼。
そして同じくロイエト内のピンの産地であるノーンポーク群へ向かう。同じ県内とはいえ西の端から東の端へと120kmぐらいあってかなり遠い。
ノンポーク群に入って最初に訪問したピン職人の家。ここで作っているピンはちょっと普通より大きめで変わった形をしている。A先生はここでは買い付けはしなかったようだ。
同じ郡内の次の職人宅へ。
すごい雑然とした工場だけど、ピンだけでなくポンランやウォートも作っているようだ。
右は工場で見つけたすごく昔のピン。どのくらい古いかは不明。
ここで作るピンは一般的な形で生産量もある程度確保できる、ということでストックしてある4本を購入。またストックが増えたら送ってもらうことにする。ただ、バンコクへ送ると輸送料がかなりかかるらしい。
写真のボロボロの古いケーンはN先生が工場で見つけたもので、最初に会ったケーン職人ブアさんの師匠が生前作ったものだそうだ。ブアさんの師匠は高齢になってから国から功績を認められて名誉学位をもらった有名な職人。いわゆるマイスターみたいなものか。N先生はお願いしてこれを貰ってきてしまった。ブアさんに修理してもらうんだと言ってうきうきしていた。
買い付けを終えたらまた120km戻ってマハサラカムへ。遠い。
マハサラカムに戻った我々はなぜかお寺に。タンブンに来たのではなく、知り合いの坊さんに会いにきたそうだ。その坊さんは不在だったけど、もともと楽器作りが趣味で、出家しても楽器を捨てられず、今は寺の中で楽器を作っている。
とりあえず工場を見学。袈裟と製作中の楽器が無造作に置いてあって、妙な風景だった。本来はもちろん坊さんは俗世を捨てて宗教に打ち込まねばならず、音楽に傾倒するようなことは正しいことでは無いとされる。
おまけ。写真は見にくいけど、弓を振り回すとブーブーとうなり音を出す道具。速度に強弱を付けるとリズムになる、これも一応楽器なのだそうだ。ブアさん宅に有ったもの。
名前は失念。弦を引く弓のタヌーと同じ呼び名だったかも?
2007-02-17
再びマハサラカムへ
なんだか最近頻繁に行動を共にしているN先生、A先生と共にマハサラカムへ行くことになった。16日の午後A先生の車で出発。
まず途中のコンケンで寄り道してA先生の友達の家での結婚式にお邪魔した。去年見に来たモーラム・コンテストの会場のすぐ近く。
とりあえず駆けつけ一杯してわいわいやっていたら、近所のおじいちゃん達が様子を見に来た。ケーンの音が聞こえたから見に来たとのこと。
さっそくおじいちゃんの一人に吹いてもらう。ケーンを吹くのは数十年ぶりだそうだがさほど違和感も無くさらりと吹いている。きっと体が覚えているのだろう。おじいちゃんの世代にとってケーンという楽器はなんら珍しいものではなく、男性なら多少は練習したことが有るものなのだそうだ。でもよく見たらおじいちゃんの右の薬指が欠けているようで、ちょっと驚いた。
古い時代の旋律を聞くのが大好きなN先生はじっくりとその音を聞いていた。
そして我々は目的地のマハサラカムへ向かう。
深夜、マハサラカムのケーン楽団宿舎に到着。相変わらず廃屋のようなボロボロの宿舎の庭に敷いたゴザの上で談笑。ここに来るのは3回目になるかな?
写真のケーンは全て、職人に修理してもらう為に今回我々が持ってきたケーン。全部何かしら壊れている。が、多少壊れていようが、そこにケーンが有ればひたすら吹きまくるのがここに来る人たちの習性。用事で来られない人の為に電話の向こうとこっちで交互に演奏、とか変なことをやっていた。夜間通話無料の契約なので電話代は平気だそうだ。
そのうち焚き火で何か紐みたいな変なものを焼き始めた。牛の皮の部分だそうだ。
写真の右が焼く前で、左が焼いた後。炭にしか見えないが、これをハンマーで叩きまくって焦げを全部落とすと食べられるようになる。食感はスナック菓子と肉を同時に食べたような、うまいのかまずいのかよく分からない感じ。かなりよく噛まないと飲み込めない。
しばらくして徐々に皆帰ったり宿舎の寝床に入っていったが、N先生は最後の一人になってもひたすらケーンを吹いている。学生時代の6年間ほど、ここで毎日のように一晩中ケーンを吹いて過ごしたそうだ。修行僧みたいにひたすら練習していたのかと聞くと、「そうじゃない、ここは幸福に満ちた場所で、ここから出る気にならなかった」のだそうだ。
夜中2時半を過ぎたので、さすがに自分は先に寝させてもらった。寝床に蚊帳が用意されていてよかった、無いとまず寝られないけど。
まず途中のコンケンで寄り道してA先生の友達の家での結婚式にお邪魔した。去年見に来たモーラム・コンテストの会場のすぐ近く。
とりあえず駆けつけ一杯してわいわいやっていたら、近所のおじいちゃん達が様子を見に来た。ケーンの音が聞こえたから見に来たとのこと。
さっそくおじいちゃんの一人に吹いてもらう。ケーンを吹くのは数十年ぶりだそうだがさほど違和感も無くさらりと吹いている。きっと体が覚えているのだろう。おじいちゃんの世代にとってケーンという楽器はなんら珍しいものではなく、男性なら多少は練習したことが有るものなのだそうだ。でもよく見たらおじいちゃんの右の薬指が欠けているようで、ちょっと驚いた。
古い時代の旋律を聞くのが大好きなN先生はじっくりとその音を聞いていた。
そして我々は目的地のマハサラカムへ向かう。
深夜、マハサラカムのケーン楽団宿舎に到着。相変わらず廃屋のようなボロボロの宿舎の庭に敷いたゴザの上で談笑。ここに来るのは3回目になるかな?
写真のケーンは全て、職人に修理してもらう為に今回我々が持ってきたケーン。全部何かしら壊れている。が、多少壊れていようが、そこにケーンが有ればひたすら吹きまくるのがここに来る人たちの習性。用事で来られない人の為に電話の向こうとこっちで交互に演奏、とか変なことをやっていた。夜間通話無料の契約なので電話代は平気だそうだ。
そのうち焚き火で何か紐みたいな変なものを焼き始めた。牛の皮の部分だそうだ。
写真の右が焼く前で、左が焼いた後。炭にしか見えないが、これをハンマーで叩きまくって焦げを全部落とすと食べられるようになる。食感はスナック菓子と肉を同時に食べたような、うまいのかまずいのかよく分からない感じ。かなりよく噛まないと飲み込めない。
しばらくして徐々に皆帰ったり宿舎の寝床に入っていったが、N先生は最後の一人になってもひたすらケーンを吹いている。学生時代の6年間ほど、ここで毎日のように一晩中ケーンを吹いて過ごしたそうだ。修行僧みたいにひたすら練習していたのかと聞くと、「そうじゃない、ここは幸福に満ちた場所で、ここから出る気にならなかった」のだそうだ。
夜中2時半を過ぎたので、さすがに自分は先に寝させてもらった。寝床に蚊帳が用意されていてよかった、無いとまず寝られないけど。
2007-02-14
ナコンサワンにて
ナコンサワンのチャオプラヤー川の特設ステージにて、Lavelle Entertainment 主催の "Second World Musiq Festival Chinese New Year" という催し物が今月11~22日まで行われています(スケジュール)。13日はN先生とA先生のプータイ・カラシン楽団が出るということで、自分もケーンで加わらせてもらいました。
夕方ナコンサワンのパークナムポーはチャオプラヤ川の基点。その川岸の特設ステージに到着。インドの Sutapa Bhattacharya というバンドがリハーサル中で、N先生が口琴で参加していた。
この口琴はイサーン楽器の一種でフン (หึน) と呼ばれる竹で出来たもの。びよ~んびよ~ん、と面白い音がする。
そして我々のリハーサルではスリンからきた盲目のソー・カメーン演奏家のディップ (อ.ดิ๊บ) さんが加わって、なぜかI-IVのブルース進行。どうやらいろんな民族楽器でセッションするという趣向らしい。ソー・カメーンはスリンで見たカントゥルムのあれですね。あの独特の旋律は今でも耳にこびり付いてます。それにしてもディップさんノリノリだった。
夕食を取って宿で10分休んだらもう時間ということでステージへ。ラム・プロァーン、プータイ・カラシンで舞踊を交え、ケーンが日本人ということで例によってインタビューされ、ちょこっとソロをやらしてもらった。そしてタイの三地方の笛の競演、最後はI-IVのセッションで締め。ディップさんノリノリ。
約1時間のステージでしたが、周りが全部プロな人ばっかりなのでかなり緊張した。セッション中に先頭に引っ張り出してもらったりして面白かったけど。
そして我々の次に演奏したインドの Sutapa Bhattacharya はタブラとスライドギター(シタールのようにドローン線がいっぱい付いている)と女性ボーカルのバンド。これは見ていたらかなり好きになりました。
やっぱりタブラは凄い。音も凄いけど、片手で高速ビートを刻みながら空いた手でメガネ外してゆったりと汗をぬぐっているのを見て、なんだこりゃすげーと、もう笑ってしまった。終わった後、何年やってるの?と聞いたら「物心ついてからずっと、家族は全部ミュージシャンだから」とのこと。タブラは奥が深いんでしょうね。
終わってから控え場で女性ボーカルの人が使っていたインドのハーモニアムという楽器を説明してくれた。後ろにジャバラがついていて、前のレバーでキーを変えられる。構造的にはアコーデオンとほぼ同じでしょうか。はじめて見た。
この催し物はスポンサーがビアシンでビール飲み放題なので、終わった後際限なく飲んでしまった。グラミーのプロデューサーのおじさんとベースの人と記念撮影、完全に酔っている。
この後宿でも飲み続けたんですが、良く分かったのは「ケーンは酔っ払うと全然ちゃんと吹けない」ということですね。深夜にダウンして、朝5時にたたき起こされてバンコクに向かいました。
夕方ナコンサワンのパークナムポーはチャオプラヤ川の基点。その川岸の特設ステージに到着。インドの Sutapa Bhattacharya というバンドがリハーサル中で、N先生が口琴で参加していた。
この口琴はイサーン楽器の一種でフン (หึน) と呼ばれる竹で出来たもの。びよ~んびよ~ん、と面白い音がする。
そして我々のリハーサルではスリンからきた盲目のソー・カメーン演奏家のディップ (อ.ดิ๊บ) さんが加わって、なぜかI-IVのブルース進行。どうやらいろんな民族楽器でセッションするという趣向らしい。ソー・カメーンはスリンで見たカントゥルムのあれですね。あの独特の旋律は今でも耳にこびり付いてます。それにしてもディップさんノリノリだった。
夕食を取って宿で10分休んだらもう時間ということでステージへ。ラム・プロァーン、プータイ・カラシンで舞踊を交え、ケーンが日本人ということで例によってインタビューされ、ちょこっとソロをやらしてもらった。そしてタイの三地方の笛の競演、最後はI-IVのセッションで締め。ディップさんノリノリ。
約1時間のステージでしたが、周りが全部プロな人ばっかりなのでかなり緊張した。セッション中に先頭に引っ張り出してもらったりして面白かったけど。
そして我々の次に演奏したインドの Sutapa Bhattacharya はタブラとスライドギター(シタールのようにドローン線がいっぱい付いている)と女性ボーカルのバンド。これは見ていたらかなり好きになりました。
やっぱりタブラは凄い。音も凄いけど、片手で高速ビートを刻みながら空いた手でメガネ外してゆったりと汗をぬぐっているのを見て、なんだこりゃすげーと、もう笑ってしまった。終わった後、何年やってるの?と聞いたら「物心ついてからずっと、家族は全部ミュージシャンだから」とのこと。タブラは奥が深いんでしょうね。
終わってから控え場で女性ボーカルの人が使っていたインドのハーモニアムという楽器を説明してくれた。後ろにジャバラがついていて、前のレバーでキーを変えられる。構造的にはアコーデオンとほぼ同じでしょうか。はじめて見た。
この催し物はスポンサーがビアシンでビール飲み放題なので、終わった後際限なく飲んでしまった。グラミーのプロデューサーのおじさんとベースの人と記念撮影、完全に酔っている。
この後宿でも飲み続けたんですが、良く分かったのは「ケーンは酔っ払うと全然ちゃんと吹けない」ということですね。深夜にダウンして、朝5時にたたき起こされてバンコクに向かいました。
2007-02-12
トーンカム・タイクラー
先日トーンカム・タイクラー(ทองคำ ไทยกล้า)というモーケーンのmp3をネットで得られると聞いて検索していたら、有りました。
ฟังลายแคนเฒ่าเก่าที่นี่
チュラロンコン大学のイサーン文化芸能愛好会の掲示板ですが、ソムバット・チムラートとトーンカム・タイクラーのmp3を合わせて20曲以上公開しています。ページ上のplayボタンはIEで無いと動きませんが、ソースを見ればmp3をダウンロードできます。
同時にこのページにはケーンのモード(ラーイ)の解説があって、全体をターン・ヤーオとターン・サンの二つに分け、それを細分化する方法で分類しています。この辺の話は地方毎、モーケーン毎に主張が違ったりしますが、一つの考え方として参考になると思います。
実はトーンカム・タイクラーはこれまで聞いたことがなかったんですが、澄んだ良い音ですね。特にライ・ソイは、現在よくある荒っぽい感じが全く無く、古いタイプの演奏の優雅さが感じられます。
070617 追記: 上のリンクは無くなってましたが、同じ物が以下に有りました。こちらは解説も充実しています。
แคน... ลายแคนเฒ่าเก่า
また無くなったらgoogleに訊ねるということで。
チュラロンコン大学のイサーン文化芸能愛好会の掲示板ですが、ソムバット・チムラートとトーンカム・タイクラーのmp3を合わせて20曲以上公開しています。ページ上のplayボタンはIEで無いと動きませんが、ソースを見ればmp3をダウンロードできます。
同時にこのページにはケーンのモード(ラーイ)の解説があって、全体をターン・ヤーオとターン・サンの二つに分け、それを細分化する方法で分類しています。この辺の話は地方毎、モーケーン毎に主張が違ったりしますが、一つの考え方として参考になると思います。
実はトーンカム・タイクラーはこれまで聞いたことがなかったんですが、澄んだ良い音ですね。特にライ・ソイは、現在よくある荒っぽい感じが全く無く、古いタイプの演奏の優雅さが感じられます。
070617 追記: 上のリンクは無くなってましたが、同じ物が以下に有りました。こちらは解説も充実しています。
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また無くなったらgoogleに訊ねるということで。
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