2008-01-21

コンテスト見学

20日(日)はバンコクのSETTradeへコンテスト見学。

SETTradeとはつまりタイ国の証券取引所で、そこがスポンサーの学生の為の音楽コンテスト。その最終審査演奏会でN先生の後輩であり天才モーケーンであるLek君が独奏をやるということで今回は見学と応援に行ったわけです。しかしこれがなんとも不思議な形式で、まったくばらばらな各音楽ジャンルから選ばれた奏者10人が一堂に会して演奏を競い合うということで、ピアノやバイオリン等の西洋楽器の独奏が有れば、ラナートやコーンヲン等のタイ楽器も有るし、ケーンはイサーン楽器だし、果てはソプラノ独唱まで。これをいったどうやって比べるというのかさっぱり意味がわかりませんでした。もう皆、学生としては各音楽分野で最高なんだから単にコンサートにしても良いようなもんですが、盛り上げるために無理やりコンテストにしてるんでしょうかね。

写真は演奏前のLek君。大事な演奏の前には、一人でもワイクルーの儀式を行います。

冷房の効いた出演者達の控え室でロウソクや供え物のタバコに火をつけて祈ります。煙が出るしタバコ臭いし、周りから怒られないか心配でした。ケーンに酒を振りかけるので、ラオカオの香りも漂ってしまいます。でもこうやって祭ってあると、他の人も前を横切る時にちゃんとワイしていくんですね。こういうところがタイらしいなぁと思ったりして。

今回のLek君の演奏はライヤイとトァーイ。彼のことだから超絶技巧を期待していたんですが、非常にオーソドックスで丁寧な演奏でした。なにしろいろんなジャンルがごちゃ混ぜのコンテストだから、イサーン音楽に馴染みの無い人にも極力分かりやすいものにしたのかもしれません。

しかしトァーイの時に後ろに座ってた女性が小声で合わせて歌うのでちょっと困った。普通のコンサートなら良いんだけど。まぁ、「やめろ」とは言いませんでしたが。トァーイはそれだけ誰にでも馴染みのある旋律ということでしょうか。

左のおじさんはマヒドン音楽大学のサノーン・クランプラシー教授。Lek君の監督として会場に来ていました。

サノーン教授は知る人ぞ知る、タイでも初めてきっちり書かれたケーンの教科書と言われる『The Art of Khaen Playing』の著者です。実はLek君はその教授の秘蔵っ子というわけでした。この本の存在は1年ぐらい前にmixiで教えていただいてすぐに入手したんですが、ケーンの演奏法についてこれほど詳細に解説された本はそれまで見たことがありませんでした。

こちらが優勝したバイオリン独奏のシーワンさん。演奏は確かに凄かったけどそれに加えて凄い美人で、スタイルが良いといわれるタイ人女性の中でも抜群のスタイルでした。これは誰でも見とれちゃいますね。おまけに控え室で衣装の上からちょっと下着が透けて見えたりして、かなり反則ぎみでした。

それにしても、これとケーン独奏を比べてどうしようと言うのか、という疑問が最後まで残るコンテストでした。


MohKhaen ChaiWat KoPhonRat (Lek) 2008-01-20 SETTrade, Bangkok (Monoral 64Kbps)

2007-12-11

ナショナル・シアターにて

9日(日)はナショナル・シアターにて、子供楽団の演奏会。

ナショナル・シアターは王宮広場の隣の国立博物館と同じ敷地にある施設で、これは文化センターの青少年音楽協会が総出で年一回行われている催し物。出演するのは子供ばかりだけど入場料はたった20Bとお得。

去年はラーマキエン劇(コーン)も有ったけど今年は無く、タイ中央の舞踊とポンラン楽団だけ。場所柄、お笑いの類は一切無しでひたすら定番のセットをやって最後は王室の歌で起立して終了と、終始形式ばった感じだった。まぁたまにはこういうのも良いかな。

この日は珍しくタイ語学校時代からの知り合い達が見に来てくれたのでカオサンで飲み食いしてから家の周辺の安い店に連れて行って夜中まで飲んだ。いつもながらヤードーンは日本人の誰に飲ませても評判が悪いですね。

2007-12-03

スワンルアンにて

2日(日)はバンコク東部の巨大公園、スワンルアンにて。

C先生がリーダーをつとめる年一回の公演で去年も参加させてもらった。去年は公演の真中の池のほとりにあった舞台が今年は移動して場所を見つけるまでに1時間ほど無駄にした。ほんとに巨大な公園です。でも見つけてみたらそれはもう広大な敷地だった。写真左は明るいうちに舞台からみた広場。

内容的にはC先生とお笑い系の芸人の人とのコントが半分以上を占めていて演奏自体はちょっと少なく、物足りない感じだった。今回も前にひっぱり出されたので見ている人に日本語わかる人がいるか聞いてみたけど、見事に反応が無かった。ほんとに一人も居ないんだろうか?

この日はポンラン人間国宝のプルアンさんが亡くなったという知らせが届いた。朝方C先生が「友達が死んだ」と言っていたのがプルアンさんの事だとは分からなかったけど、その後SMSで届くニュース速報で理解。公演終了時にC先生が黙祷を呼びかけると観客が皆サッと立ち上がって黙祷した。

プルアンさんはイサーン楽器「ポンラン」の発案者で、ポンラン楽団をイサーン芸能の一つとして発展させた功績によりシンラパ・ヘン・チャート(タイの人間国宝のようなもの)となった。自分が会ったのは2回だけだけど、気さくな良いおじいちゃんだった。一度目はコンサート会場の楽屋喫煙所で話し掛けられでもまったく話が理解できず、当時はそもそも誰なのかも知らなかった。二度目はコンケンでのコンテストの審査員長として来ていて、終わってからマハサラカムまで車でご一緒し、日本に演奏に行ったときの話を聞いたりした。「なんならこのままカラシンの家に遊びに来るかい?」と気さくに尋ねられたのを思い出す。

翌朝、大衆紙のタイラット新聞で追悼記事を見た。カラシンの田舎で質素な生活をし、シンラパ・ヘン・チャートになっても生活スタイルは全く変わらず、75歳の高齢にもかかわらず一家の大黒柱として勢力的に飛び回っていた。またそのうち会う機会が有るだろう、と思っていたけど残念。ご冥福をお祈り致します。