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2008-09-29

「イサーン」という語

我々日本人もタイ人も、一般的にタイ東北地方のことをイサーン(อีสาน/อิสาน)、そこに住む人をイサーン人(คนอีสาน)、その地方の料理をイサーン料理(อาหารอีสาน)等と呼んでいます。この「イサーン」という語、自分はイサーン音楽をやっているので慣れ親しんだ語なんですが、時々ふと疑問に思ったことがあります。「イサーン」という語はどこから来たのか。それを説明する丁度良いページが有ったのでメモしておきます。

「ラーオという語とイサーンという語は、同じなのか違うのか --- オート」
この著者はタイ-ラーオ族(ชาติพันธุ์ไท-ลาว)の血筋のようです。メコン川の左(ラオス側)から移住してきた人々とその子孫にはいろんな民族が居て一纏めにはできないにしても、書かれている事はどの民族にもある程度は当てはまるんじゃないかと思います。

これによると、イサーン地方に住むタイ-ラーオ族の大多数が自らを「イサーン人」と呼びますが、一方この著者のように自らを「ラーオ人」と呼ぶ人も居ます。これには理由があって、自らの人種(血筋)としての認識と、タイ王国の国民としての認識とのどちらに重きをおくかで呼び方が違う、と述べています。
  • 人種としての認識:ラーオ人(คนลาว)
  • タイ王国の土地に住む人としての認識:イサーン人(คนอีสาน)
(イサーンに住む人自身が上のどちらに重きをおくかで、自らをどう呼ぶか変わる。)
この著者は、「現代のタイ-ラーオ族の民族意識は非常に薄い。それはサヤーム国の統治政策がもたらした結果だ。」と書いています。その経緯は以下の通り。
  • タイ-ラーオ族がメコン川流域に多く移住してきた仏暦23-24世紀、その統治システムはラーンサーン王国(ล้านช้าง)のような方式(つまりラーオ式)だった。
  • サヤーム国がメコン川両岸まで支配し始めた頃、サヤームの人々もまたこの民族のことを「ラーオ人」と呼んでいた。
  • やがて世界的な植民地主義の影響でサヤーム国の統治が難しくなる。
仏暦2433年、サヤームは統治方式を一新。ラーオ側の地方都市とクメール側の森林地帯を合わせて4つの郡に分ける。
  1. 東部側ラーオ地方都市(หัวเมืองลาวฝ่ายตะวันออก)
  2. 東北部側ラーオ地方都市(หัวเมืองลาวฝ่ายตะวันออกเฉียงเหนือ)
  3. 北部側ラーオ地方都市(หัวเมืองลาวฝ่ายเหนือ)
  4. 中部側ラーオ地方都市(หัวเมืองลาวฝ่ายกลาง)
この時、「東北部」という語が初めて使われたが、それは現在のタイ東北地方の一部を指すだけだった。

その後、更に行政区が一新される。
  • ラーオガーオ地方(มณฑลลาวกาว )
  • ラーオ中部地方(มณฑลลาวกลาง)
  • ラーオプワン地方(มณฑลลาวพวน)
仏暦2442年、この地方の人々をラーオと呼ぶのは、この時の国の情勢においては相応しくない、という統治上の理由により、ラーオという語の使用を避けるように変更する。
  • ラーオ中部地方は、ナコンラーチャシーマー(มณฑลนครราชสีมา)に変更。
  • ラーオプワン地方は、北部地方(มณฑลฝ่ายเหนือ)に、更に2443年からウドーン地方(มณฑลอุดร)に変更。
  • ラーオガーオ地方は、東北地方(มณฑลตะวันออกเฉียงเหนือ)に、更に2443年からイサーン地方(มณฑลอิสาน)に変更。
ここでサヤーム王朝で初めてイサーンという語が使われたのが見える(西暦1900年頃)。王室の文書には、その頃ラーオという呼び名を使うと罰せられたという記録が有る。

つまり、イサーン(及び東北地方)という呼び名は、「ラーオ」という語の代用として作られたものという事。それに応じてラーオ人のことを「イサーン人」と呼ぶようになり、同様にイサーン語、イサーン文学、イサーン料理、イサーン音楽、イサーン地方という語が使われるようになった。

歴史から見えるのはサヤーム王室が統治を強固にする為に、この地方におけるイサーンという新しい概念を創造するよう努力したこと。そしてそれは結果としてこの地方のラーオ人の民族としての自覚は薄くなっていった。イサーンのラーオ民族は自らをラーオ人でなくイサーン人であると認識するようになり、これはサヤームの人々による差別の軽減と、サヤームの人々が同胞として受け入れるのに役立った、と結んでいます。

ただ、この話はタイ王国の微妙な問題に触れる面も有るようで、著者は以下のような断り書きを添えています。
この話で極端な地方主義思想を煽る意図は無く、ラーオという語をイサーン地方のラーオ人から排除するというサヤーム国の政策がどんな理由でどのように行われたのかを述べただけである。

2008-06-27

コンサート見学

6月21日は師匠のN先生が出るコンサート「モーン&ワールドミュージック」の見学にバンコクの北隣、パトゥムタニー県へ。いつも通り、主催がビアシンなのでビール飲むのも目的ですが。


フューチャー・ランシット前の広場に設置されている巨大なテント内のステージ。写真はパトゥムタニの楽団によるモーン族(=มอญ、ラオスのモン族ではない)の伝統舞踊。三日月型のドラやラナート、ポァーンマーン(เปิงมาง)という小さい太鼓がいっぱい並んだ打楽器が主役のようですね。全てタイ中部の音楽で見られるのと同じようです。優雅で豪勢な舞踊でした。


こちらはギリシャから来た Asto Na Pai。アコーデオンやバイオリンの感じからするとジプシー系でしょうか。


これはチェンマイから来た、カレン族の楽団 Shi Pakakayaw。カレン風のハープのような楽器は、自分は初めて見るものです。全般にこのハープでの弾き語りっぽい感じでした。カレン語の歌詞はさっぱり分からず。

他にも南タイのムスリム、ヤーウィー族の楽団等、いろいろ有ったけど多すぎてちょっと分からなくなった。


写真はタイの西洋人タレントでお馴染みトッド・トーンディーさん。相変わらずタイ語でバリバリ司会してます。内容はいつも通りなので、とりあえず師匠の写真でも撮っておいた。


ウォートでソロ中のN先生。


延々とソロ。絡むトッド。


トッド:「まだですか~?」


踊ったりして。


最後は北部出身の有名歌手、ランナー・カミンさん。日本へも何度か行ってるからきっと有名ですね。N先生も好きらしくて、最後までバックでケーン吹いてました。

ランナー・カミンさんはいつも北タイ語を話すので、連呼する語尾の「チャーオ」が耳に付きますが、英語もずいぶん流暢ですね。母親は北タイに居ながら半タクシンを公言して家に爆弾投げ込まれたりしても屈しない筋金入りの活動家。大変ですね。

毎度ながらいろんな物が出てくるこのコンサート・シリーズですが、今回もテンコ盛でした。ビールも2リットル以上飲んだ感じです。

2008-05-15

コンサート見学

5月8日~9日はセンタン・ワールド・プラザ(CWP)前のビアガーデンにてフリーコンサート見学。トッドさん司会でタイ中を巡業しているワールドミュージック&バーベキューのシリーズ。



一日目、写真左はおなじみラナート奏者のクンインさんがリーダーのバンコク・シロフォン。相変わらずかっこいい。毎度ながら、割と早い時間に出てきて演奏が終わったらすぐ帰っちゃう。きっと忙しいんでしょう。

写真右はブードゥーというアフリカ系のバンド。舞台の左右で吹いている、背丈ほどある長いパイプ(名前聞き忘れた)の低音が心地よい。音楽自体はトランス系でしょうか。



二日目はN先生とポンラン少年も加わってのトッドさんの歌。盲目のソー・カメーン(クメール胡弓)奏者のディップさんも出てきた。内容は、まぁ、いつも通り。

写真右はケニアのバンド(名前聞き忘れた)。とてもこなれていて堂々とした演奏だった。いつもながらアフリカ系の太鼓は心地よい。



終了後は、ビール飲みながらいつも通りな状況。写真に写っているファランはカナダ人だともうけど、どういう人だか分からない。気が付いたら我々のテーブル以外、全て片付けられていたので6人程で他へ移動して3時ぐらいまで飲んで解散。飲みすぎた。

2008-01-21

コンテスト見学

20日(日)はバンコクのSETTradeへコンテスト見学。

SETTradeとはつまりタイ国の証券取引所で、そこがスポンサーの学生の為の音楽コンテスト。その最終審査演奏会でN先生の後輩であり天才モーケーンであるLek君が独奏をやるということで今回は見学と応援に行ったわけです。しかしこれがなんとも不思議な形式で、まったくばらばらな各音楽ジャンルから選ばれた奏者10人が一堂に会して演奏を競い合うということで、ピアノやバイオリン等の西洋楽器の独奏が有れば、ラナートやコーンヲン等のタイ楽器も有るし、ケーンはイサーン楽器だし、果てはソプラノ独唱まで。これをいったどうやって比べるというのかさっぱり意味がわかりませんでした。もう皆、学生としては各音楽分野で最高なんだから単にコンサートにしても良いようなもんですが、盛り上げるために無理やりコンテストにしてるんでしょうかね。

写真は演奏前のLek君。大事な演奏の前には、一人でもワイクルーの儀式を行います。

冷房の効いた出演者達の控え室でロウソクや供え物のタバコに火をつけて祈ります。煙が出るしタバコ臭いし、周りから怒られないか心配でした。ケーンに酒を振りかけるので、ラオカオの香りも漂ってしまいます。でもこうやって祭ってあると、他の人も前を横切る時にちゃんとワイしていくんですね。こういうところがタイらしいなぁと思ったりして。

今回のLek君の演奏はライヤイとトァーイ。彼のことだから超絶技巧を期待していたんですが、非常にオーソドックスで丁寧な演奏でした。なにしろいろんなジャンルがごちゃ混ぜのコンテストだから、イサーン音楽に馴染みの無い人にも極力分かりやすいものにしたのかもしれません。

しかしトァーイの時に後ろに座ってた女性が小声で合わせて歌うのでちょっと困った。普通のコンサートなら良いんだけど。まぁ、「やめろ」とは言いませんでしたが。トァーイはそれだけ誰にでも馴染みのある旋律ということでしょうか。

左のおじさんはマヒドン音楽大学のサノーン・クランプラシー教授。Lek君の監督として会場に来ていました。

サノーン教授は知る人ぞ知る、タイでも初めてきっちり書かれたケーンの教科書と言われる『The Art of Khaen Playing』の著者です。実はLek君はその教授の秘蔵っ子というわけでした。この本の存在は1年ぐらい前にmixiで教えていただいてすぐに入手したんですが、ケーンの演奏法についてこれほど詳細に解説された本はそれまで見たことがありませんでした。

こちらが優勝したバイオリン独奏のシーワンさん。演奏は確かに凄かったけどそれに加えて凄い美人で、スタイルが良いといわれるタイ人女性の中でも抜群のスタイルでした。これは誰でも見とれちゃいますね。おまけに控え室で衣装の上からちょっと下着が透けて見えたりして、かなり反則ぎみでした。

それにしても、これとケーン独奏を比べてどうしようと言うのか、という疑問が最後まで残るコンテストでした。


MohKhaen ChaiWat KoPhonRat (Lek) 2008-01-20 SETTrade, Bangkok (Monoral 64Kbps)

2007-09-25

ルクトゥンとか

2008-9追加: 楽団で新しく演奏する機会がある度にメモしていくことにします。音源は検索すればほとんど見つかります。
  • สยามเมืองยิ้ม - พุ่มพวง ดวงจันทร์
    プムプワンによる微笑みの国サヤーム。「タイ人は誇りを持ちなさい~」と朗々と歌います。
  • คาถาขอใจ - หลิว อาจารียา
    緑茶飲料のコマーシャルでの日本語のセリフ「新芽頂戴」から作られた曲が何故か人気に。アイドル歌手のリウはとてもかわいい。
  • มนต์รักส้มตำ - ดวงตา คงทอง
    カンチャナブリー出身の歌手のドゥアンターは孤児でしたが小学校3年で既にコンテスト荒らしだったそうです。
  • เสียงซอสั่งสาว - ศรชัย เมฆ วิเชียร
    ソー(胡弓)がテーマの曲。前半に特徴的なソーのソロが有りますが、これが盲目のモーケーン・ソムバット先生による演奏だそうです。参考: สมบัติ สิมหล้า : เทพแห่งแคน ผู้ไร้ดวงตาแต่หัวใจมีเพลง
  • คนหลังยังคอย - เดือนเพ็ญ อำนวยพร
    ドゥアンペン・アムヌアイポーンにはラムローンの作品が大量に有りますが、ラムシンも歌っています。この人の声は大好きです。

元記事:
ポンラン楽団をやってても演奏機会が有るルークトゥン、歌手のバックだったりBGMだったりするんですが、知らないとまずい曲が結構あるようで、「ルクトゥンは知らない」とばかり言っていられないようです。以下は知っておかないとまずいな、と最近思ったものの試聴リスト。
  • นัดพบหน้าอำเภอ - พุ่มพวง ดวงจันทร์
  • ผู้ชายในฝัน - พุ่มพวง ดวงจันทร์
    プムプアンはさすがに自分も昔CDを買ったりして知っているものが多いですね。
  • สาวอีสานรอรัก - อรอุมา สิงห์ศิริ
    ノーンペンサーオコンケンで始まるのが耳に馴染む為か、この曲をサーオコンケンと呼んでいる人が多いですね。
  • 30 ยังแจ๋ว - ยอดรัก สลักใจ
    30過ぎてもイケてるー、そんな内容でしょうか。先日亡くなったヨートラック・サラクチャイがオリジナルですがカバーも人気。
  • มอเตอร์ไซค์นุ่งสั้น - สุนารี ราชสีมา
    ミニスカートでバイクに乗る娘(タイトルのまんま)。
  • ฮักสาวขอนแก่น
    コンケン娘とモーケーンの話。トレレントレレーンとか歌うのはケーンの音を表しているようで。
  • รักจางที่บางปะกง - ก็อต จักรพรรณ อาบครบุรี
    バーンパコン、これ良いですね。でもすんごい覚えにくいんですが。歌詞を見ても詩的な言葉使いが多くて全然理解できません。ちなみにバーンパコンはチャチョァーンサオ県の南部の郡名及び川の名前で半年毎に淡水と海水が入れ替わるそうで(ここ間違ったことを書いたので修正)、その様子を女心に掛けている、といったところが肝でしょうか。
    [追記: ソットサイ・ルムポートーン(สดใส ร่มโพธิ์ทอง)によるものが原曲のようです。この記事によるとソットサイが最も人気だったのは仏暦2517-2520ということなのでおそらく30年以上前の曲でしょうか。去年4月にパトゥムタニ県で議員として当選していますが今も歌手は辞めていないという記述があります。]
  • หนุ่มนาข้าว สาวนาเกลือ - สรเพชร ภิญโญ และ น้องนุช ดวงชีวัน
    デュエット曲の代表の一つらしいですね。田植えの青年と塩田の娘。
    チャロァームポン・マーラーカムとピムパー(เฉลิมพล, พิมพา)による少々ラムシン風味バージョンも有るようです。
  • สาวดำรำพัน - เจเน็ต เขียว
    ジャネット・キァオは映画でよく見るコメディアンですが、自身の特徴である色黒女をネタにすることが多いのでこれをリバイバルで歌っているようですね。
  • สาวดำรำพัน - เย็นจิตร พรเทวี
    その原曲らしいですが、これも実はさらに昔の曲(タイダムラムパンかな?)をもじったものらしいです。
ほかにもいっぱいありますが、正直覚えきれませんね。なるべく日ごろ聞くようにするしかないか。

2007-09-03

国立競技場にて

9月1日(土)は国立競技場で行われたイサーン音楽の祭を見てきました。

メインステージはBTS国立競技場駅の目の前なので駅の構内から見物している人が多かったようです。入場無料なんだから中で見れば良いのにとか思ったりして。

このステージの出演者はほとんどが芸能学校とか高校の芸能クラブの生徒や先生達。サコンナコンやカラシンから団体で来ていたようです。演奏者は子供が多いけど芸能学校で専門にやってるのでそれなりにしっかりしてますね。

写真はタイの古式武術(ムアイ・ボーラーン)の舞踏とポンラン楽団を組み合わせたもの。中心で踊っているのは古式武術の先生だそうだけど、自分の先生達の昔の先生でもあるそうだ。しかし楽器の演奏家である彼らが古式武術の先生から何を習っていたのか、不思議なところ。この人の本業は軍人だそうです。なかなかかっこよかった。

そしてメインステージから200mぐらい奥に入ったところのセカンドステージは大学のポンラン楽団のコンテスト会場。個人的にはこちらの方がずっと面白かった。

数週間前に予選を行って残った人達の決勝だそうで4楽団ほど(多分)が演じていました。これがびっくりするほど内容が良くて、どの楽団も演出とか良く出来ていてそのままショーとして成り立つような内容でした。出場していた楽団のうち3楽団はマハサラカム大学の楽団、つまりN先生の後輩達というわけで、今回はその応援も兼ねていたわけです。

こちらの写真はイサーン音楽のコンテストには珍しくこの日の決勝まで残っていたバンコクのラムカムヘン大学の楽団。演出は良かったし、歌手は歌もウォートも上手だったんですが、これが人気のポンラン・サオーンのイメージと重なってしまってマイナスイメージになっしまって残念。どうしても真似っぽく見えてしまうんですね。

コンテストの結果はやはりマハサラカム大学の楽団の一つが最も評価されたようです。3楽団も残っていたから当然かもしれないけど。

ゲストは人気歌手のターイ・オーラタイ。初めて生で見ましたが、小さくてかわいらしい娘さんですね。TVとかで見ると、もう堂々とした実力歌手にしか見えなかったので意外でした。

コンテストのゲストでこの人が出てくるのは定番らしいですね。というのもコンテストに出ては落ち続けて、というのを延々繰り返して最後には職業歌手になった、という美談があるからだそうです。

最後はポンラン楽団とモーラムの競演。見ている人はほとんど出演者なので異常に盛り上がって完全にディスコ状態でした。そもそも発表の時から舞台上で司会者が発表を引き伸ばして盛り上げていると、客席側ではケーンとかピー・プータイとか吹きまくってるという訳の分からない状態でしたが。

全て終了して片づけが始まったら今度はお笑いで舞台に上がっていた人(アイディンさん)と勝手に競演。このお笑いの人、普段は写真の自転車にアンプを積んで路上パフォーマンスをやってるらしいです。看板には仕事依頼の連絡先とかが書いてありました(しかも日本語と韓国語で)。

しかし運営関係者が来て「捕まるよ」みたいなことを言われて解散。「なんだよせっかく今タイダムラムパンを聞こうとしてたのに」とか言ってる粋な人も居ましたが。アイディンさんはアンプでモーラム鳴らしながら自転車こいで帰っていきました。知らない人だったら、かなり近寄りがたいというか危ない人に感じるでしょう。

学生のポンラン楽団を見るのは今回初めてでしたが演出も演奏力も総じて、想像したより遥かに良い内容だと思いました。

2007-07-12

ラムの歌詞理解を試みる

ラムの伴奏法を身に付けたいと常々思いつつ、ラムクローンを聞いたりラオスのモーラムに習ってみたり(ちょっとだけだけど)と色々やってみてはいるけどなかなか理解が進まない。どうも進歩が無いので必要なことを整理してみる。

以前イサーン楽器の先生に聞いた、ラムの伴奏に必要な知識は以下のような事柄。
  1. 構造を知る。
  2. リズムに追いつき、リズムの切れ目がどの音か知る。
  3. 詩の意味内容を知る。
  4. 旋律を知り、モーケーンも歌えなければいけない。
ラムの構造とは、例えばスッサネンのラムクローンなら前奏があり、語り(ローン)が有り、リズムパートに入って、終わりの挨拶で急激にスローダウンして終わる、等。

リズムの切れ目は、つまり歌い手が息を吸う手前のリズムが落ちる瞬間。このときケーンは和音を入れるけど、歌と合わないといけない。これは歌い手次第なので、練習相手を見つけてから徐々に知るしかないかもしれない。リズムに追いつくのは、それが分かった上で練習するのみ、ということか。

そして「意味内容を知る」が超難関。ラムの内容はイサーン語やラオ語だし、モーラムだけで使われる語(パーサー・モーラム)も多く、普通のタイ人が聞いても理解できない単語も多い。

最後の「自分も歌えること」も難関。ラムの旋律は言葉の抑揚によって生れる、というほどに言葉と密接な関係がある。言葉を理解せず旋律だけで覚えるのはまず無理と最近分かった(今ごろ)。

そんなわけでまず内容理解のとっかかりとして、即興ものは避けてしっかり構成されて分かりやすそうなポンラン楽団とモーラムによるラムプーン(ลำพื้น)の一曲の理解を試みた。この歌は8月12日の母の日(王妃の誕生日)を歌ったもので、ラムとケーンの伴奏では無いけれど自分の周りの先生達やその弟子の間に非常に流行っているもの。自分で書き取るのは能力的に厳しいので、まずはbaanmahaの試聴掲示板にポストしたら、これを見てこの歌を気に入った人が内容を書き取ってくれた。これは詩の内容理解にかなり役立った。

これを元に、人に聞きながら間違いを直しつつ、リズムに区切って表にしてみたのが以下のもの。
これを見ながら何度も聞いてみると、不思議なくらい合わせて歌えることがわかった。これを覚えるまでやればよさそうだ。

そして試しに身近の音痴なタイ人に見せて同じようにやってもらって見た所、リズム枠の通りに歌えば一致するのでやはり正確なリズムで歌えた。もともと旋律は言葉の抑揚に沿って上下している為、これだけで音の上下とリズムは把握できる(この人、音痴なので音程は正確ではないけれど)。そんなわけで、この試みは収穫が有った思う。

ところでこのように歌詞をリズムに区切って見ると、西洋音楽で言う拍子の一拍目が枠の最後に来るようにすれば、単語のほとんどが綺麗に枠の中に収まるようになる。もしかしてタイ式楽譜の一拍目が枠の最後にあるのもこういう理由なのかな?と思った。参考: タイ式楽譜の読み方

2007-06-25

壮行会

23日、いつも世話になっている先生達が演奏旅行へ行くということで、記者会見を兼ねた壮行会に参加。

目的はスミソニアン・フォークライフ・フェスティバルというイベントで、世界各地のミュージシャン、ストーリーテラー、アーティスト、シェフといった各分野の才能たちがワシントンのナショナル・モール地区で約二週間パフォーマンスを行うというもの。メコン川流域の各民族に焦点を当てた部門として、中国、タイ、ラオス、カンボジアの各国の省庁も参加する合同イベントだそうです。全然知らなかったんですが、上記のページを見てみると、毎年恒例の文化イベントとしてはアメリカ最大規模なのだそうだ。

壮行会ではケーン楽団の披露も有ったので、自分も加わるのを楽しみにしていたのに渋滞で遅れて参加できず、着いた時にはパフォーマンスが終わるところでした。でもマハサラカムのケーン楽団の皆にまた会えて嬉しい。壮行会の後は楽器の梱包をしながら好き勝手に楽器を鳴らしてワイワイとやって、この日皆が宿泊するホテルへ。

ホテルに付いたらさっそく部屋で練習。ケーン楽団で使うケーンヤイは長いので天井に突き刺さらないよう注意しないといけない。ビールを飲みつつ深夜までワイワイとやって就寝。

それにしてもこの人達、本当に会うたびに年中楽器を弾くか歌うかしている。今ごろはワシントンに向かう飛行機の中でワイワイやっているんだろうか、と思うと回りの乗客に同情する。

写真は梱包中のケーンとピープータイ(プータイ族の笛)。ピープータイはそれぞれ異なるキーのケーンに合わせて作るのと、繊細で音が歪みやすいので何本も用意している。また製品化されたものは無いので各自が自分で作るか、ケーン職人に特別に注文して作るもの。

ビデオはホテルにてラムを練習中の様子。N先生の伴奏に後輩のラム。

2007-06-13

TV9ch「クンプラチュアイ」

TV9chに毎週火曜の夜「クンプラチュアイ」という番組が有る。この番組、タイの伝統音楽を題材としたコーナーが有り、たまにイサーン音楽の話もあるので興味深いことがある。

で、いつも見るわけじゃないけど昨日なんとなく見ていたら、ピープータイ(プータイ族の笛)を紹介をはじめた。こういうものがメジャーなメディアで取り上げられることなんてまず無いと思っていたのでこれは珍しいとびっくりしていたらその後、いつも世話になっているN先生とA先生、それに子供楽団の天才ポンラン少年の三人が出てきて二度びっくり。

内容はプータイとアフリカの民族音楽の競演。つまり3月のRama8橋でのブルキナファソの楽団との競演を形を整えて再現した、ということのようだ。あの時ポンラン少年のアドリブが凄くはまっていて少年を誉めまくると本人は「うーんでたらめだけど」とか言ってたけど、実際良かった。

しかし何の前触れも無く出てきたのでポカーンとした後、思わずTV画面を写真に撮ったりと変なことをしてしまった。そういえばこの番組のレギュラーの西洋人トッドさんはあの民族音楽コンサートシリーズの主催の人だったので、もともと自然な繋がりだったんだな、と納得。


(06-18追記)N先生とポンラン少年が16日の深夜の番組にもまた出てきた。今度は3chのクイズ番組。今度は終わる間際で演奏は見れなかったけど。偶然2回も見たということは、あちこちに出まくっている?

右の西洋人がトッド・トーンディーさん。民族音楽の分野に焦点を当ててレーベル運営やコンサート主催、流暢なタイ語で司会、と精力的に活動している。

N先生とA先生は来週からアメリカへ演奏旅行に行くそうで、ちょっと寂しい。

2007-05-29

ネットで試聴するプータイ

最近プータイにこだわっていたので(こればっかり)、ネットでプータイ風の楽曲を試聴するリンク集でも。メジャーなルークトゥン・モーラムはいっぱい有るでしょうから除いています。

試聴と言えば、まずはbaanmahaの掲示板。音は酷いけどサンプルということで。
と、ここでちょっと モーラムシン・オンラインの掲示板 を見てみたら、ラムプータイとラムタンワーイのジャンル専用の板が有りました。
他にもgoogleさんに聞いてみると無数に有りそうですね。
  • ฟ้อนภูไท
    ちょっと凄いなと思ったのが古典舞踊のページから、まさに古典のフォーン・プータイ。舞踊用。
プータイに限らないですが以下、興味深いところ。
  • Monsoon-Country » Laos
    東南アジアの民族音楽を収集しているMonsoon-CountryのLaosカテゴリーでは、ラオスの主な土地の歌を種別毎にきちんと分けて簡単に説明している(最後、はしょっているけど)。

  • Traditional Music and Songs in Laos
    ノーザン・イリノイ大の東南アジア研のラオス、サワンナケートのプータイの踊りの為の曲を含む。
    ここのケーン独奏のサンプルアルバムとか、どれも思いっきりラオスの素朴な伝統的スタイルで、その方が興味深かったりして。
ネット巡りを始めたらきりが無いので、このくらいで。
ここで停電、でも自動保存されてました。blogger.com偉い。

2007-05-22

テレビで見るラムクローン

ケーンとモーラム(歌手)だけで演ずるラムクローンの類は今やタイでも随分マイナーな分野になってしまっているわけですが、ごく一部のテレビ番組で定期的に見ることができます。

写真はASTV4の番組の画面で、今月は一日おきに朝6時半ぐらいからやっているラムクローンの録画放送のもの。ごくたまにですがチャウィーワンさんやポー・チャラートノーイといった国宝級モーラムも出てきます。

ASTVは新聞社プーチャッカーンの社長ソンティ・リムトーンクンがオーナーの衛星放送で現在4つほどのチャネルがあり、その一つがこのイサーン・ディスカバリー・チャネル。番組は全て、ニュースに至るまでイサーン語だけを使うという徹底ぶり。一般的なケーブルテレビ受信機を設置しているアパート等ではほとんど見ることができると思います。

今月は早朝、一日置きにラムクローンとポンラン楽団の録画を放送しているようです。ポンラン楽団はあちこちの県の子供の楽団ばかりで同じ録画が多いのですぐ飽きちゃうと思いますが、レパートリーの流行とかを見るのが自分には役立っています。他にもラムルアン・トークローン(モーラム芝居)も時々ありますが、これはもう全然聞き取れなくて内容がわかりません。

残念なのは音が悪いこと。衛星の帯域節約かケーブルテレビの設備のせいかわかりませんが、時々VCDが読み取りエラーを起こしたように止まってしまう事もしばしば。それとオーナーが新聞社プーチャッカーンの社長で民主主義市民連合のリーダーということもあって、時々政治集会や演説に占拠されてしまうことですね。とはいえラムクローンが見れるようなテレビ局は他に無いので、やはり貴重なチャネルだと思います。
  • 番組表 (イサーン・ディスカバリーは最後の表)
ちなみに自分が払っている受信料は一ヶ月100B。NHKワールド等も含まれていて70チャネルぐらいあります。

2007-05-15

プータイ語

プータイ語に関する記述を抜粋メモ(最近プータイに凝っているので)。

サコンナコンのプータイ語に関するこちらのページ ผู้ไท では、プータイ語はラオ語とタイ中部語が訛って変化した言語として解説している。

タイ語とプータイ語の対応規則があったので、以下に表にしておく。声調においてタイ中部語と一致しない面も多く、タイ語の書き言葉で説明することはできないが、これらは部分的に説明できそうな原則。


変化(タイ語⇒プータイ語)例(タイ語 - プータイ語)
母音の対応母音 เ-ีย ⇒ เ- (ia ⇒ ee)เมีย - เม / เขียน - เขน / เขียด - เคด
母音 เ-ือ ⇒ เ-อ (ɯa ⇒ əə)เสื่อ - เสอ / เลือด - เลิด / เมือง - เมิง
母音 -ัว ⇒ โอ (ua ⇒ oo)ผัว - โผ / ด่วน - โดน / สวน - โสน
一部の語において
母音 ไ, ใ, -ัย ⇒ เ-อ (ai ⇒ əə)
ใต้ - เต้อ (一声と二声の中間に訛る)
ใส่ - เชอ
ให้ 「(物を)あげる」 - เห้อ (訛る)
ใหม่ - เมอ
一部の語において
母音 -ึ ⇒ เ-อ (ɯ ⇒ əə)
ลึก - เล็ก / ผึ้ง - เผิ่ง (訛る)
子音の対応一部の語において
子音 ข ⇒ ห (kh ⇒ h)
เขียง - เหง / ขาย - หาย / ของเขา - หองเหา / เขา (動物の角) - เหา
子音 ร ⇒ ฮ (r ⇒ h)เรือ - เฮือ / เรือน - เฮือน / รอย - ฮอย / ร้อง - ฮ้อง / รีบ - ฮีบ
末子音の変化一部の語において
末子音 -ก ⇒ 消失して短母音に。
แตก - แต้ะ / แบก - แบ้ะ / ผูก - พุ / สาก - ซะ / ปาก - ป้ะ

"一部の語"となっているのは、例外もあるという意味。例えば ไก่ は เกอ とはならず ไก だが第一声が少し訛ったものとなる。

以下はタイ語起源では無い語の例(タイ語 - プータイ語)
  • สิ่งของหาย - เฮ้
  • หายเจ็บหายไข้ - ดี๋เจ็บดี๋ไข้
  • ท้ายทอย - กะด้น
  • ผิดไข้ - มึไข้
  • ไปไหน - ไป๋ซิเลอ
  • ผู้ใด,ใคร - เพอ
  • อยากกินข้าว - เยอะกิ๋นข้าว

バンコクのタイ語との比較では、一致する語が36.73%、似ている語が36.05%というデータがあるそうだ。
非常に似ている語の例
ไก่ - ไก / ตา - ต๋า / นิ้วกลาง - นิ้วกาง / ปืน - ปื้น
やや似ている語
ปาก - ปะ / เสื้อ - เชอ
少しだけ似ている語
แขน - แหน / ขา - หา / บันได - คันได๋ / บวบ - มะโบ้บ
はっきりと異なる語 27.21% の例
มะละกอ - มะฮุง / ฟักทอง - มะจู้บ / ส้มโอ - มะเก๊ง / พระ - ญาคู / เณร - โจ๋น้อย / ช้อน - โบง / ทำ - เอ๊ด
同じか似ている語を合わせると72.78%となることから、プータイ語とバンコクのタイ語はやはり同系統の言語と見なされる。

上記の例のうち非常に異なる語の「พระ(僧侶)」や「เณร(少年僧)」等の呼称については、仏教をまだそれほど受け入れていなかった頃、各グループで呼称が異なったことによると考えられている。

野菜や果物の呼称が大きく異なるのも同様で、かつてタイ人が皆近くの土地に暮らしていたころは、パパイヤ、かぼちゃ、サボン(ส้มโอ)のこれら三種の植物はまだ無く、各民族が各地に散らばって行った後に入ってきたと考えられる。

ところでプータイ語とイサーン語との比較では、同じ語が37.67%、似ている語が52.14%で合わせて89.81%となり、これはもう疑うことなくプータイ語とイサーン語が同じ系統であるだけでなく、かつては同地域に住んでいて、ラオ族がルアンプラバーンからヴィエンチャンやサコンナコンのメコン川流域に南下してきたころに散らばって行ったのだと考えられている。シップソーンヂュタイの地域には今でも居住しているプータイ族のグループも有り、彼等はラオ語に依存している為、言語は非常に似たものとなっている。

この他タイダム語との比較では、やはり同属の言語で200年以上前に分岐したと考えられている。

その他のソース

タイ版Wikipediaの記述 ภาษาผู้ไท では、プータイ語はタイダム語から派生したものと位置付けている。

イサーン音楽のサンプルがいっぱい聴ける baanmaha のフォーラムにはプータイ語に関するボードも有って、投稿数は少ないけど歌詞の意味を質問しあったりしている(このトピックとか)。

そもそも標準イサーン語をもっと勉強するべきだけど、この辺の話もそのうち役立つかも。

2007-05-08

プータイについて

イサーン音楽でよく出てくる言葉「プータイ」について、デイリー ルークトゥンでkomtaさんが言及していたのでちょっとまとめておきます。


プータイという語

プータイという語は ภูไท / ภูไทย / ผู้ไทย などと綴り、民族名としてのプータイと、その民族の音楽としてのプータイという二つの意味で使われる。代表的な辞書では ผู้ไทย となっているが、音楽分野や歌詞の中では ภูไท 又は ภูไทย と綴られることが多い。

民族としてのプータイ

現在はラオス北部やイサーン地方(ナコンパノム、カラシン、ムクダハン、サコンナコン、一部ウボンラーチャタニー、ウドンタニー、ルーイ、ロイエト等)に多く住む民族。

プータイ民族はかつてシップソーンヂュタイ (สิบสองจุไทย) やシップソーンパンナー (สิบสองปันนา) と呼ばれる地域(現在のラオス北部やベトナム)に住んでいた。 歴史の中にはプータイ民族の首領がビエンチャン王国の反乱を鎮圧するのに活躍し、ビエンチャンの王から娘を与えられて結婚し、生れた子供に地位を譲って当人は多くの地方都市を統治した、という話がある。その後プータイ民族はビエンチャン王国の南やサワンナケート等へと広がっていって数々の都市を作った。

やがてタイのラタナコーシンのラーマ3世の時代、ビエンチャン王国はタイと敵対してタイ軍に破れ、タイ王国の方針で、今後プータイやその他の民族をビエンチャンやベトナムに加勢させないように、メコン川のこちら側(現在イサーン地方)に移住させた。これがイサーン地方にプータイ民族が多くいる理由ということになるか。

その他詳細は以下のページで。
puthai (読みきれない)
文化庁のページ (読みにくい)

音楽分野でのプータイ

モーケーンの多くはケーンの独奏のアルバムを出すと、プータイという曲を録音している。人によってライヤイだったりライノイだったり、或いはその両方だったりするが、総じてゆったりとしたリズムでどれも一部に似た旋律が現れる。

ラムクローンもある。内容はもちろんプータイ民族の事柄。

ルークトゥンモーラムで題名にプータイが含まれる曲にも、やはり終始プータイのゆったりとしたリズムと旋律が現れる。


ちなみに自分が好きなのはピーイサーン (ปี่อีสาน) という笛が主旋律で、ケーンやピンがその伴奏をするもの。ずっしりとしたリズムでライヤイから入り、気分に応じてライノイに転じて盛り上げる、この伴奏をするのが自分は好きです。ピーイサーンは ピープータイ (ปี่ภูไท) とも呼ばれるので、まさに「プータイ民族の笛」ということもできる。

ポンラン楽団では有名なスタンダード曲のプータイ・サームパオ (ภูไท ๓ เผ่า) を頻繁に演奏します。「プータイ三民族」の意味で、プータイ・サコンナコン、プータイ・カラシン、プータイ・ナコンパノムのそれぞれの民族の旋律で構成されたセットで歌も少し入ります。

自分がナコンサワンやラーマ8橋で参加させてもらったポンラン楽団の名前は『หนุ่มภูลาว สาวภูไท จากกาฬสินธุ์』で、つまり「カラシンから来たラオの若者とプータイの乙女」という意味。この時にやったプータイ・サコンナコンは導入がダンサーの太鼓とケーンだけで、とても気持ちよかった。

というわけで「プータイ」は非常によく聞く言葉なのです。

2007-03-29

モーラムについて復習

[080303 追記:
モーラムの由来について、以前よりは日本語の解説を見る機会が増えてきた。それは良いのだが、ここタイでの一般的な認識とはかなり異なる物が見受けられるように思う。丁度一年前に書いた以下の文章はタイ人・イサーン人にとっての「モーラム」の一つの見解に過ぎないが、「モーラムとは」または「モーラムの由来」というテーマについて、タイ-イサーン人に近い認識を持つのに多少は役立つのでは無いかと思う。]

タイ文化センターに有った仏暦2544(2001)の資料から超意訳抜粋。

イサーン人とモーラム

イサーン人とはタイで最も多くの人口を持つタイ東北部(イサーン)に住む人々のこと。 特徴としてはイサーン語(タイ-ラオ語)を話し、女性は腰巻を着用する。もち米を主食とし、パラー (ปลาร้า, ปลาแดก) の味付けを基本とした料理を食べる。土地の音楽では楽器はケーンを主役とし、モーラムが最も重要な芸能と位置付けられている。

モーラムの語源

モーラムは、モー(หมอ) と ラム(ลำ) で構成される単語。

モーとはある分野での「知識者、熟練者、専門家」のこと。例えばモーヤー(หมอยา) は薬の専門家。

ラム(ลำ) については諸説が有り、以下の説は正しいかもしれないし、今後また別の説の新たな証拠が見つかるかもしれない。
説1
ラム(ลำ) は長い事物に対する類別詞。 例えばラムパイ(ลำไผ่) は竹、ラムナム(ลำน้ำ) は水流、ラムコン(ลำโขง) はメコン川、など。
土地の民話やイサーンの文学作品は非常に長いためラムと呼び、これらの内容やセリフを暗唱する人のことをモーラムと呼んだ。
説2
かつては土地の民話や文学作品は椰子の葉で作った紙や竹の皮、または竹そのものに記録された。 これらの記録された文学のことをラムと呼び、それを読んだり語ったりする専門家をモーラムと呼んだ。
語りや歌をイサーン地方やタイ南部でラムと呼ぶのに対し、タイ北部ではカップ(ขับ) と呼ぶ。 またタイ中部ではカップラムナム(ขับลำนำ) と呼び、ラムは歌の題名の接頭語としても多く使われていた。現在は ローン(ร้อง) まはた カップローン(ขับร้อง) という語が使われる。

モーラムとイサーンの社会

モーラムはイサーンの社会の変遷と共にその姿、内容共に変化してきた娯楽である。 その起源は各家庭で大人が子供や孫に話して聞かせる民話であった。これは子供の教育や躾という意味が有った。

また公の場、寺の催し物や葬儀等で民話を語る風習も有った。 主催者は椰子の葉の紙に記録された文学作品を読む専門家(モーラム)を呼ぶ。 特に多かったのは「ブッダの生誕 (ชาดก) 」等の文学作品、例えばサンシンチャイ (สังข์ศิลป์ชัย)、ターオスリヲン(ท้าวสุริวงศ์)、ヂャムパーシートン (จำปาสี่ ต้น) 等を読むのが人気で、これらの文学作品は優美であり、感情を込めた上品な言葉と優雅なリズムで人気があった。 これが時代と共に変化してきたのが現代のラムプーン(ลำพื้น) やモーラムクローン(หมอลำกลอน) のラムターンヤーオ(ลำทางยาว) の旋律で、いわゆるラムアーンアンスー(ลำอ่านหนังสือ) のことである。

モーラムの種類
モーラムプーン - หมอลำพื้น
民話や古事、歴史を語るもの。代表的なのが「ブッダの生誕」の物語り。 語り手は一人でケーンは歌い手の声域に応じてライヤイかライノイを使う。
ラムパヤー - ลำผญา
知識を駆使して若者が異性を口説いたり掛合いをするもので、パヤー(ผญา) という独特の韻文を使う。 バーリー・サンスクリット語の「哲学」や「知識」(ปรัชญา / ปัญญา) から来ている。
モーラムムー - หมอลำหมู่
モーラムプーンを元にして語り手を増やし、各人に劇中の役を与える。登場人物に合わせた衣装を身に着けたもの等はモーラムウィエン(หมอลำเวียง) やモーラムルアントークローン(หมอลำเรื่องต่อกลอน) 等と呼ばれ、ストーリーに応じて厳密に演じられる。
モーラムプルァーン - หมอลำเพลิน
モーラムムーの一種だが軽快で刺激的なリズムで楽しく夢中になる(เพลิดเพลิน) ような雰囲気を重んじる。ケーン以外にピン、太鼓等が加わってバンド形式を取ることもある。
モーラムクローン - หมอลำกลอน
モーラムムー同様、ラムプーンから発展して語り手が交互に演じるようになったもの。片方が質問すればもう片方が回答し、時には勝ち負けを競う。自慢をぶつけ合ったり罵り合ったりして負けを認めたら舞台を降りることもある。
モーラムキヤオ - หมอลำเกี้ยว
モーラムクローンの罵り合いがあまり上品ではないということで男女の口説き合い、からかい合い等の掛け合いになったもの。
モーラムチンシュー - หมอลำชิงชู้
モーラムキヤオに語り手がもう一人加わり、異性を奪い合うもの。決着がつく方法が決められている。更に語り手が加わるとモーラムサームクロァー(หมอลำสามเกลอ) と呼ばれる。
モーラムシン - หมอลำซิ่ง
イサーン人も多く都会に出るようになり、映画やルークトゥン、ルーククルン等に触れるようになると、やがてモーラムにもこれらに相当するものを求めるようになった。モーラムもこの要求に答えざるを得なくなり、ルークトゥンの形態と混じり合ってモーラムシンとなり、これがイサーン全土に急速に広まった。同時にかつてのラムクローンは急速に衰退しつつある。

モーラムの未来

資料ではこの芸能の未来について触れて終わっていた。 芸能の流行廃りを意図してどうにかできるものでもなく、土地の芸能が存続するかどうかは結局演じる人が発展し続けるしかないが、何もしないで成り行きに任せたら、かつての古いスタイルのモーラムは消えていってしまうだろう、という主張だった。

2006-11-18

スーパーマーケットで飲む

いつもの練習が終わったら、珍しくA先生がちょっとだけビールを飲みに行こうと誘ってきた。

この人はピンの奏者で温和な性格の人。普段土曜日は朝から夕方まで文化センターで教えた後、外の催し物やレストラン等で深夜までの演奏の仕事に行く。都庁文化部の公務員なんだけど一年中そんなふうに働いている。休みなくて大変じゃないの?と以前聞いたことがあるけど、「休みが有ってもすることが無い」んだそうだ。

N先生とその弟子や踊りの先生も合流して、なぜかカフール(フランス系のスーパーマーケット)へ。フードコートのテーブルに陣取ってスーパーマーケット内で買った缶ビールを飲み始める。こんなところで飲んだのは初めて。

話を聞くと、どうやらA先生とN先生のアメリカ行きが決まって、そのささやかなお祝いらしい。二人とも演奏旅行に海外に行く機会は多いけれど、やはり仕事でアメリカに行けるというのは、タイ人にとって特別な事のようだ。

ところでカフールで飲むというのは、雰囲気はともかく効率は良いようだ。フードコートだからツマミは無数に選べるし、ビールはそこのスーパーマーケットで買うから最も安い値段で買える。掃除のおばちゃんが時々ゴミを片付けて来て、ついでにだべって行く。ビアガールの代わりみたいなものか。これは無理があるかな。

ツマミで特に人気なのは一個10Bの寿司もどき。皆なんだか大量にわさびを付けて食べていた。タイ人はわさびが大好き。自分は「こんなの寿司じゃない」とか「日本人はそんなわさびの使い方はしない」とか、ぶつぶつ言いつつも一応食べた。ほとんどカニカマだったけど。

缶ビールで解散かと思ったらそのうち小瓶を飲み始めて、やがて大瓶になって、結局大量に飲んだ。そういえばスリンに行った時もホテルの部屋で4人で1ケース飲んでいた。結構よく飲む人達だ。

2006-11-05

ローイクラトン♪


十一月、月が満ちて
川の水も岸まで満ちると
それは楽しいローイクラトンの日

ローイ、ローイクラトン
ローイ、ローイクラトン

クラトンを水に流したら
子供達も出てきて踊ろう

踊るよ、ローイクラトンの日
踊るよ、ローイクラトンの日

心が幸福で満ちる
心が幸福で満ちる


上の訳は適当(笑)。
ローイクラトンの歌と歌詞はこちらで見れます。

2006-11-04

シアン・イサーンを見に行く

ルクトゥン系日本語ブログにシアン・イサーンの野外コンサートが近所のオンヌット行われると書いてあったので、近所なので見に行った。

この手のコンサートはとにかく会場が混乱しがちでのんびり見ることができないので、最近はよほど近所でなければ行かなくなってしまった。

そして思ったとおり、今回ものんびりと見ることはできなかった。プラカノンの野外コンサート会場よりも遥かに大きい会場なのに、それでも人が多すぎて近くで見ようにも前に進めない。ちゃんと見えない欲求不満状態の客同士でいつ喧嘩が始まるか分からないから心配だし。

行って何が見たいかと言えば、コンサートの多くをしめるコントのバックのケーンの生演奏を見たいぐらいなので、舞台から100mじゃとても満足できない。不満がつのるので夜11時前に会場から出た。先のブログで後日談を見たら自分が出た後で大きな喧嘩が起きて大変だったようだ。パニック状態になった観客が狭い出入り口に殺到したのだろう。

近所と言えば以前はプラカノンの駅近くの野外コンサート会場ぐらいしか無くて、そこに有名なシリポンやチンタラーやチャルァームポンが来る時だけ行っていたんだけど、最近クロンタンやオンヌットでも頻繁に野外コンサートが開かれるようになってきた。来月の12月8~14日は一週間ぶっとおしのフリーコンサートもあるらしい。フリーということは狭い出入り口も無いだろうから、期間中何度か行ってみても良いかな、と思う。でも行ったらまた幻滅するかな。

2006-06-09

王位60周年

王様の即位60周年で、今バンコクは盛り上がっています。

今日6月9日が丁度60年目だそうで、公的機関は来週13日頃まで公休。よって文化センターでの練習もお休み。交通も激しく規制されているので、どこにいくのも大変そう。

個人的には12日のサッカー日本代表の試合を日本人が集まる場所で見たいと思うけど(どこで見るべきか、まだ分かりませんが)、それ以外は部屋にこもって居ようかな、という感じです。

2006-02-06

楽器屋巡り

バンコクにイサーン楽器を売る店は無いかと、王宮広場周辺の楽器屋街を見て回った。

楽器屋は十軒ぐらい有ったけど、ほとんどがギターやドラムスの西洋楽器がメインでイサーン楽器はほんのちょっと。有っても「選ぶほどは無い」という感想をもった。

やはり産地に直接行かないとだめかな、と思う。まだどこの産地にも行ったこと無いんだけど。

2006-01-15

チャラームポン・コンサート

チャラームポンというモーラム歌手がうちの近所で野外コンサートに来たので、前日の催しの帰りに見に行った。

長いキャリアをもつ歌手で、最近には珍しく全編ケーンとソー*だけをバックに歌うVCDを出して、これがよく売れた。でもコンサートは普通のモーラムやルークトゥンの形式で、客は始終踊りっぱなし。野外にも関わらず酒の匂いが充満していて喧嘩が始まったりするので、会場では見る場所はよく選ばないといけない。

こういう野外コンサートは夕方明るいうちに会場して夜中の0時頃まで続くが、メインの歌手は10-11時ぐらいに出てくるので9時過ぎに行けば良い。早く行き過ぎると目当ての歌手が出る前に疲れきってしまう。

*ソーとは弓で弾く弦楽器でタイ中央楽器のソー・ウーやソー・ドゥアン以外にもソー・イサーンといわれるイサーン地方のソーもある。